【リサイクル】荒川健吉「社歴125年!長寿企業を経営する方法」:前編

      2017/10/10

荒川産業株式会社の代表取締役 荒川さんのインタビュー前編です。

■荒川健吉さん

昭和53年12月5日生まれ。福島県出身
大学を卒業後、日本通運に入社し、退社後は荒川産業株式会社に入社。
その後、株式会社平和物産の取締役などを兼任し、平成26年から代表取締役に就任。
歴史やお城が大好き。

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「社内のコミュニケーションで気を付けていること」:後編

2017年で、創業125年!


会社の沿革

—荒川さん本日はよろしくお願いします!

よろしくお願いします!

—荒川産業といえば、会津で知らない人は誰もいないというぐらい有名ですよね。

いやいや、そんなことないですよ(笑)

—2017年で、創業125年。長年続くビジネスが減って来ているという世の中で、125年続くのは本当にすごいと思います。

恐れ入ります。ただ、もちろん探せば会津の中ではもっと長く、江戸時代以前からご商売されている会社さんはありますけども、私達の今の業種で限定して言うならば、会津の中では一番老舗ということになります。

—今は何代目になられるんですか?

創業から数えると、私は四代目になります。

会社を継ぐまでに葛藤があった

—やはり四代目となると、小さい頃から「会社を継ぐ」という想いはありましたか?

そうですね。積極的に継ぎたいと思った時期と、嫌だなと考えていた時期が両方あります
私は三人兄弟の二番目なんですね。なので、長男である兄を立てて、自分は助けていこうと基本的には思っていました。
ただ、たまたま父も次男、祖父も次男、曾祖父も次男で社長だったので、自分も社長をやるのかなって考えも同時にありました。

ーその嫌だったという想いについて詳しくお聞かせください。どういう心境でしたか?

あとで会社の話もしますけど、弊社の仕事は基本的に資源の回収、リサイクルをメインに生業にしています。父の頃もでしたが、あまり社会的に敬意を払われてない業種だった時期が長くて、ボロ屋・くず屋・ゴミ屋みたいに言われてたんですね。

そういう社会的に尊敬を受けてない仕事だったので、あまり胸を張れない、みっともないという想いがありました。今でもそうですけど、3K職場というか、いわゆる「危険、汚い、きつい」というのは間違いなくあります。子供心で見て、この仕事をあまりいいと思えない面は正直ありました。

※古新聞、古雑誌リサイクル

やっぱり少年期の反抗期と重なって、なんか嫌だなと思う時期がありまして、高校生の頃は、親ははっきり言わないけど、どこかで後継ぎになることを子どもたちに期待してた面があったと思うんです。それに対する反抗があって、「高校卒業したら俺は外に行く、もう会津には戻らない。」とその時は思っていました。

でも一方で、私が生まれ育ったのは、昔の会社の近くで、当時仕事で扱ってたものが色々残っていました。それこそ、鉄スクラップから小銃弾の不発弾まであったんですよ。子供なんで単純にそういうものを見て、ワクワクしてましたね。なので、心の奥底にはこの仕事に対する愛着は、ずっとあったと思います。

※鉄スクラップ

新卒では、やりたいことが出来なかった

—そんな中で、戻って来たきっかけは何がありましたか?

そうですね。大学は信州大学という長野県の松本にある大学に進学したんですけど、ちょっと珍しいんです。福島県会津から長野県へっていうのはあまりいないですよね。

—確かに。僕もあまり聞いたことないです。

ちょうど、長野オリンピックが1998年に控えていたので、国際的なイベントへの興味と、会津と同じ山国で安心感がありました。また、会津のお殿様である保科正之公が信州高遠から来ているので、そういう歴史的な繋がりもあって行ってみようかなと思ったんです。

信州大は国立大ですが、結構ユニークな大学です。推薦入試も積極的にやっていたので、かなり早い段階で志望も受け入れしてました。なので、ちょっと行ってみようという軽い気持ちで応募したら合格したんです。

当時センター試験を受ける友達から「お前早々に進路決めやがって・・」とすごい殺意の目を向けられましたね(笑)
大学を卒業して、18歳の春から「会津には帰らない!外で一旗揚げよう」と思ってましたから、大学もなるべく遠くの大学で、大学卒業後は日本通運に入りました。

—日本通運を選んだきっかけは?

物流業界にとても興味があったんです。先ほど歴史好きという話を拾っていただいたんですけど、いくつか私が歴史好きになるきっかけがありました。NHKスペシャルの番組なんです。

ちょうど終戦五十周年記念で太平洋戦争を総括するという企画の色々な番組の中で、日本の敗因の一つは、いわゆる兵站、ロジスティックス、物流にあったという話があって。歴史的に日本軍が物流を軽視して来たことが、言い方が悪いですけど、悲惨な敗戦の一つの理由になったっていうのが深く私の胸に刺さりました。

物流は社会のインフラですが、その割にあまり重視されてないという想いがありましたし、一方で、絶対必要な分野だから、「食いっぱぐれないよな」という想いもありました。ヤマト運輸や日本通運などいくつかの物流会社をに重点的に応募して、結果として日通から内定をもらえました。ちなみにガンダムも好きなので、バンダイも受けたんですけど、速攻で落ちましたね(笑)

—物流も人材不足で大変忙しいですよね。


ここに来てとてもスポットライトを浴びてますよね。結果的に言うと、日通に入って戦略的な物流を極めたいと思ったんですが、私が配属された部署は、どちらかというと防衛的な、削減縮小傾向にあるセクションだったんですよ。

なので、5年ほどお世話になって、この先の自分のキャリアをどう作っていこうかなという悩みもありました。その時期に父が東京に来る度に、「一緒に飯でも食わないか」ということでたまに酒も飲みながら「荒川産業の仕事が非常に規模的にも発展、拡大して来て人が足りない、お前帰ってこないか」という事を複数回で説得と勧誘を受けまして(笑)

何度か話を聞く中で、やっぱり故郷への想いや、自分のルーツとして会津というのがあることに5年間東京で暮らして気づかされまして、帰ろうと決断しました。

—いつか継いで欲しいなという気持ちがあったんですね。

ただ、その時点で私が社長になると決まってなく、兄も弟も同じ会社の中におりましたし、今もおります。なので、誰が社長になるのかはよく分からない状態でした。

事業と理念紹介

—ここからは、事業内容を伺います。まず、「リサイクルサービス」というのはどういう事業でしょうか?

基本的な資源のリサイクル、再利用を助けるための仕事です。
具体的に言うと、金属スクラップや古新聞、古雑誌、ダンボールとか、皆さんの社会生活や経済活動の中で出てきた物から、もう一回利用できるものを集めてきて、加工して、それを必要としてる人にもお戻しするという資源の循環を促す仕事です。

—「エンジニアサービス」とは?

リサイクルから派生してきたんですけど、一言で言えば、知恵と技術で課題を解決する仕事です。例えば大きな工場の中で、その仕事の一部を請け負って受託する仕事と、建設工事や建物の解体をしたり、あるいはその設備を作って機械をメンテナンスするという職人の知恵と技術で問題を解決する仕事がエンジニアサービスです。

—それは、自社で技術者のいるというよりも、業務委託でチームでいるって感じなんですか?

弊社の社員でエンジニアもいますし、もちろん外部のパートナーとして、そういう協力業者の方も何社かいらっしゃいます。


※磐梯工事

—そのネットワークはすごいですね。そういうのがあれば色々できますね。

リサイクル資源が大きく発生する場所の一つは工場なんですよ。工場の製造過程で多くの資源が発生してきますから、その資源を効率的に回収するのが私たちのリサイクル事業では大事なことなのです。

工場と付き合いをしてると、その工場ならではのお困りごともあるんですよね、人が足りない。この工程を改善したい。あるいはここを壊したい、作りたい、直したいとかね。

そう言う工場のお困りごとに対して解決策を、知恵と技術で提示している仕事です。弊社でも大変忙しくて、人が足りていない所です。

—「エコロジーサービス」とは?

これは結構ふわっとしてる話で恐縮ですが、いわゆる産業廃棄物とか不要になったの処理や、それらの輸送、収集、運搬。あるいは、そこから派生したいろんなサービスが含まれています。

弊社の関連会社でそれぞれ得意分野がありまして、生ごみ関係の処理に強い会社。あるいは、木材関係の資源のリサイクルに強い部門、そういったさまざまな環境関連の事業がここに入ってきます。

—「ヘルスケアサービス」とは?

ここに来て理念の話ですけど、荒川産業グループの仕事は『地域資源の発掘』『地域課題の解決』だと考えています。

どういう事かと言いますと、125年前の明治二十六年に私の曽祖父にあたる荒川重四郎が創業したんですけど、当時の商品は、古着、古道具と、あとは繭だったんですよ。それは、その当時の喜多方地域で発生する資源が、古着・古道具・繭だったということですね。

そういうものを、地元で発生するから集めてきて、場合によっては付加価値を高めて、その世の中の欲しがってる方にお届けする。それが地域資源の発掘業。なので、扱っている商材は時代によってどんどん変えています。


※NPO法人 くるりんこ

—現在も同じということですね。

そうです。
もう一つの軸が地域課題を解決する事です。地元の特有の課題は色々あるので、解決策を一生懸命探して持って来る。一番古い例でいうと、東京でゴム長靴を仕入れて会津で売るというのをやっていたと聞いています。
今の課題は何だろうと思ったときに、少子高齢化ですよね。完全に高齢社会に我々は生きているので、高齢の方になるべく長い期間元気でいていただかないといけません。

なので、関連団体でリハビリ型デイサービスという仕事をやっています。一言で言うと、フィットネスクラブのようなサービスをしています。

あとは、障害者福祉サービスですね。障がいというハンディキャップを持った方が、可能であれば仕事をして、現役世代をサポートしてくれるような仕組みを作ることもやっています。

また、ちょっと悲しい話ですけど、高齢化の果てには多くの方が亡くなるんです。大事なことは、亡くなった時にその人が持っている様々な資源を、いかに生きている社会に還元していくことだと思うので、遺品整理事業もしています。

ただゴミとして処理をするのではなくて、地域社会にとって、コストではなく活かす方向にしていく。そういった事業をライフケアでやっています。

—ありがとうございます。
やはり125年続いていると、同じ事業をずっとやってるとイメージがあったんです。しかし、そこにこだわってるんじゃなくて、地域資源と地域課題という理念にこだわっている。それに基づいて今の時代に合うことをやっているなと思いました。

そう言っていただけると嬉しいです。
もちろん何百年建設業だけやって来た会社、食品加工業だけやって来た会社、そういう会社もあって。それはそれでものすごく尊敬すべきだと思うんですが、うちの場合は、そういう生き残り方しかなかったという感じですね。

■音声も是非お聴きください!

後半はこちら

「社内のコミュニケーションで気を付けていること」:後編

インタビュー感想

125年間、同じ事業をやりがならも理念に従って変えているところは、柔軟で時代に合っていると感じました。

また、荒川さん自身も、大企業ならではの部署が選べないという現実に直面しています。
就活で大企業を目指している方は、繰り返し読んでみてください。

荒川産業株式会社
住所:(本社)福島県喜多方市字屋敷免3960番地
TEL. 0241-21-1511(代)
FAX. 0241-21-2400

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歌川貴之

プロインタビュアー/仕事と空き家マッチングが最も得意。生の職業情報を伝える求人情報サイトを運営し、企業向けに販促用のコンテンツ制作をしている。個人事業主のお店から芸能人・上場企業の社長など、様々な職業1,000人以上に会ってきた。

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